私は手のひらの上の紙を、じっと見つめた

何で?

どうして?

疑問符ばかり頭の中に浮かび上がってくる
そして、口の中にこみ上げる苦味
ざわざわと背筋が落ち着かない

この文字が一体何を意味するのか
何故こんなに胸が騒ぐのか

自分の気持ちが自分のものではないみたいに、「私」が勝手に動いた。


両方の手が、その紙を持つ
人差し指と親指が、強く圧迫されて色が変わった
唇はぶるぶると震えだし、噛み締めた歯の根ががたがたと音を立てた


破いてしまえ

そう声が聞こえて、指先にいっそう力が入った


そんなこといけない!

踏みとどまらせる自分がいた



すぅ・・・

大きく息を吸い込んで、私は珪くんのパンツをもう一度手に取った

この紙は、ポケットに戻さなければいけない
破ってはいけない
珪くんを・・・疑ってはいけない

自分自身にそう言い聞かせて、私はポケットの中に手を入れた



え?

珪くんのパンツのポケットのなかで、私の手はまた別なものに触れた

50円玉
ティディベア博物館の入場券の半券

私はつい反対のポケットにも手を入れた
そこにはもう一枚アドレスが書かれた紙が入っていた
さらには、ガムの包み紙

これって、電車の中で食べたガムだ

全部を手のひらにのせて、私はなぜか笑ってしまった

まるで子供のポケットじゃない
なんでもここに入れればいいのね

そう思うと、アドレスの書かれた紙の存在が急に「不安」ではなくなった
私は全部をもう一度ポケットに戻して、着替えをもってお風呂に向かった






風呂の中で俺は、一日のことをあれこれ考えていた

はばたき駅でと待ち合わせて、電車でここへ着て
立派な旅館に驚いて、二人で部屋を探検して
それから、キスしたらダメっていわれて
クマを見に出かけて、ボウリングを7ゲームもした

せっかく離れの部屋で、露天風呂もついてるのに
本館の風呂へ来たのは・・・やっぱり失敗だったか

なんてことを思ったりした
それでも、風呂に入ろうって誘ってまたダメだしされたら
俺としてはかなりダメージな訳で・・・
まあ、旅行は2泊あるわけだし、今夜はとりあえず「我慢」ってことにしておこう


広い風呂で手足を伸ばして・・・のんびり月を眺めた

空に一つ
海面に一つ
そして風呂にも一つ

月の明かりが・・・優しく夜を照らしている
も・・・女湯でこの月を見てるんだろうか


・・・

この垣根の向こうが女湯なんだよな・・・

・・・

これじゃまるで・・・修学旅行に来た中学生みたいな気分だ

覗き見は・・・してはいけないと思う俺と
男のロマンってもんなんだって言い訳する俺がいた

ふっ

っと笑って・・・風呂から上がった
海からの風が・・・温泉で温まった身体に心地よかった



部屋へ戻ると、俺は鍵がないことに気づいた
そうか、が鍵をもっているわけで、俺は無いから入れないんだ
少し考えて、もう一度本館へ戻った

ここで、を待っていればいいか

俺は湯上りの休憩場所にあるマッサージの機械の上に寝そべった
スイッチを入れると背中をぐりぐり押される

これが気持ちいいんだろうか

微妙な快感のような、不快感のような
どちらとも取れる感触を受けながら・・俺の意識はすぐになくなっていった




お風呂から上がって、私は髪を乾かしていた
鏡の中には見慣れた自分がいる

、あなたは可愛い

自分で自分に言い聞かせる

照れくさいけれど、珪くんは私を可愛いって言う
初めどこが可愛いのか全然わからなかった・・・・
私なんか可愛くないよって・・・そう言ったりした
でも、飽きもせず珪くんは

『おまえは可愛いから自信もて』って言う

人間って不思議
大好きな人に可愛いって言われると、可愛い気がする
ううん、可愛くなって来るんだと思う
珪くんの言葉は、きっと、魔法なんだ


にっこり

笑う練習
笑顔が好きだって、そう言ってくれるから
その言葉に応えたい


浴衣に着替えてお風呂から出ようとして、ふと気づいた
そういえば、珪くんは部屋の鍵を持ってないよね
私より先にお風呂に行って・・・・

どうしよう、きっと部屋に入れなくて困ってる!

私は慌ててお風呂から出た
大きな暖簾を分けて外へでると、湯上りの休憩所に見慣れた寝姿が横たわっている


あ・・・

近寄ってみると、珪くんは、すやすやと寝息を立てていた



濡れた髪・・・そっと触ってみる
珪くん、乾かすの面倒がってるんだ、いつも
リンスだってしないのに・・・なんでこんなに柔らかなんだろう

閉じられたまぶたの中に隠れた瞳は・・・緑色なんだよね
色素が薄いから眩しいんだって、そう言ってたね
だからいつも眠たそうな顔になるんだねって言ったら
それは単に眠たいんだって笑ってた


つんつん

頬をつついてみる
鼻が少し膨らんだ

あはは

息吸ってる
当たり前だけど、生きてる
面白いなぁ、このくらいのことじゃ絶対起きないもんね


ぷにぷに

唇を触ってみた・・・・
ムニムニ・・・動いてる
何か食べてる夢を見てるかも
珪くんの夢、ものすごくリアルだからね・・・きっと今も何か見てるね


そして私は・・・珪くんの手をとった
大きな手
綺麗な形の爪
この手のひらの温もりを・・・初めて感じたのは入学式のとき

あ・・・

違うよ、子供の頃か

人差し指を、ぎゅって握ってみる
寝ているはずの珪くんのまぶたがぴくぴく動く

ぎゅっぎゅっ



「ん?」
「あ、起きた」
「ん・・・今・・・目が覚めた」




頬をつつかれたときに、本当は目が覚めていた
でも、薄く目を開けてみたら、がすごく嬉しそうな顔をしていた
しばらく放っておこう・・・そう思った


「またいたずらしてたんだろ・・・」
「あはは、ばれた」
「今日は何してたんだ?」
「え〜、内緒だよ」

そう言っては笑った

のいたずらは・・・いつものこと
まあ、俺が常に寝ているから・・・
それでは寝ている俺を楽しんでいるんだろう

今迄のいたずらで、一番すごかったのは・・・
下着の上から・・・股間を触ってきたときだった
でもそのいたずらを俺が知ってることは、には話していない
もう一度してもらいたいくらいだけど、二度とないから少し残念だったりする



部屋へ戻って・・・俺たちは布団に入った
俺が右、が左
この位置はなぜかいつも決まっている
言わなくても・・・・自然とそうなった


「お風呂気持ちよかったね」
「ん・・・いい風呂だったな」

布団の中では・・・心地よい眠気がすぐに俺を支配していった
寝不足の上にさらにボウリング
昼寝もしていないから・・・黙っていたらすぐに眠れる


「あ、そうだ、ねえ、珪くん」
「ん・・・・?」

返事をするのも・・・もうそろそろやばくなってきた


「パンツのポケットの中に入ってた」
「ん・・・・?」

ポケットの中・・・・?
何が入ってたんだ?


「携帯電話のメールアドレス、二枚もあったよ」
「・・・・・え?」

一瞬の間があって・・・・俺の意識は覚醒した
携帯電話のメールアドレス・・・

一枚は・・・昼間の女のアドレスだ・・・
まさかそんなものをが見つけるとは・・・・やばいだろ、これは・・・


「大事なものはきちんとお財布にしまわないとダメだよ?」
「え・・・」

「さっき珪くんのパンツをハンガーにかけたら、紙が落っこちてきたの
 で、ポケットに戻そうと思ったら、お金が出てくるし
 ガムの包みとか、ごみも出てくるし
 何でもかんでもポケットに入れたらダメよ?」
「ん・・・」

「それに、アドレスは大切なんだから、ちゃんと管理しなさいね」
「ん・・・」

大切だって・・・・そう言われると、そうじゃないって言いたくなるだろ


「別に・・・あれは・・・」
「なぁに?大切じゃないの?」

は、俺のほうを向いて・・・じっと目を見てきた


「珪くん」
「ん」

「私のアドレスは・・・大切?」
「ん・・・当たり前だろ」

「うん、わかった」


は・・・布団の中に手を入れてきて
俺の手をそっと握った


「・・・誰のアドレスだって聞かないのか?」

恐る恐るではあるけれど・・俺はに問いかける


「珪くんを・・信じてるもん」

握った手を・・・は『ぎゅっ』っとしてきた
俺は・・・その手を握り返す
そしては・・・俺の手を自分のほうへ引き寄せた


「キス・・・して」

俺は・・・の身体をぐっと引き寄せて・・唇を重ねた
愛しさが・・・俺の胸を熱くしてゆく

小さなことではないだろう
いくら鈍感だとしても、アドレスを見つけた時、何か感じたはずだ

でも、は・・・俺を信じていると言った

重なり合った唇が・・・・熱を持ち
俺は溜まらずに・・・胸元へ手を伸ばしてしまう


「あ・・・」

の口から・・・声が漏れる
また・・・ダメだといわれることを覚悟して


「いいか?」

そう俺は問いかけた
は・・・頷いて・・・俺の頭を抱きしめた


二人の身体が、溶け合ってゆく
互いを感じ、互いを求め
俺たちは・・・一つになって・・・果ててゆく




30分後・・・・
とてもじゃないが身体が動かない俺をよそに
は、一人で風呂へいった

「珪くんも一緒に入ればいいのに」

そんな嬉しい言葉もあったけれど・・・
何しろ全部使い果たした俺は・・・・
もう眠ることだけを欲していた

身体が緩やかに眠りへ向かう
まぶたを閉じたあとは・・・記憶がなくなってゆく






翌日

俺たちは海で泳いだ
その晩は海岸通りのホテルで泊まり、日焼けした肌をさらに熱くし愛し合った
たった2泊だったけど・・・充実した休暇を過ごし、俺たちは海辺の街を後にする

俺の可愛い彼女の髪を、潮風が揺らした
車窓から遠ざかる海に・・・夕陽がゆっくりと沈んでいった
その色を・・・俺は、きっと忘れない




END

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